前のコラムには、工場などの生産拠点が国内に回帰してきている動向などを取り上げたと思います。
その際にネックになるものは、意外や資金調達の問題ではなく、むしろ「2007年問題」によって退職してしまうベテランの問題点でしたり、人材不足の問題なように思えますが、どうなのでしょうか?


回答


生産拠点を再び国内に移すために、設備投資をしている企業の多くは、カネ余りの環境からか設備投資のコストや資金調達といった課題よりも、むしろ設備の操業後のコストの問題や、人材の確保・加えてベテラン技術者の技術の継承、といった点のほうが関心が高い傾向が挙げられます。
製造業の国内回帰の背景は、このままでは海外で労働の定着率が悪い環境下では、ノウハウが残らなくなってしまうおそれが強いので、団塊の世代が、一斉に定年退職となります「2007年問題」を意識した行動とも言えるでしょう。

バブル崩壊以降の90年代には、日本の雇用調整は、中高年を社内に残して人員の自然減を図り、新規採用を絞っていく方法でしたことから、仮に2007年問題で団塊の世代が大量に退職したとしましても、社内に人材は残っているのではないか、と思われるかもしれません。

しかし、実際に国内の生産現場では、団塊の世代が企業に入社した時には、いざなぎ景気の好況下にありましたことから、比較的層が厚いのですが、その後は1973年のオイルショックの際に、各社が一斉に採用を手控えたことから、40歳から50歳代前半の現場の責任者や技術・業務などの中核を担う層が薄くなっていることが、大きな危機感の背景になっているといえるでしょう。

加えて、正社員にしますと固定費が大幅に膨れ上がりますことから、労働力の調整につきましては繁閑の差異によって、機動的に調整のしやすい派遣社員や外注を増やすといった行動が増えていることも、大きな要素として挙げられるでしょう。

2007年問題のように、ベテランの退職に備えて、熟練工の作業工程などをビデオに録画したり、様々な工程を実際にマニュアルにして、技術継承を図っているところも多いような印象がありますが、こうしたマニュアル作りは実際に上手くいっているかは千差万別でしょう。

例えば日立では、工場現場などの作業手順をビデオに録画して、社員教育に活用しているするeーマイスター制度を導入しておりますほかにも、松下やシャープなどにおきましても、技能を継承していくための制度を作っています。
また官の世界においても、例えば独立行政法人である産業技術総合研究所が、技術者の技を電子データに記録することに取り組むなどしております。
ただ実際には、こうした取組みはまだ始まったばかりで、実際に社内のメンバーだけで進めようとしますと、

◎マニュアルの制作を命じられても、日常業務があることから、なかなか制作にまで手が回らない。
◎実際にはマニュアルを作ること自体が目的となってしまい、膨大なデータの中で埋もれてしまう。

といったことも、珍しくはありません。


こうしたマニュアル制作の巧拙の差が生じる最も大きな要因は、例えばフィールドエンジニアの教育やフランチャイズの教育の場合、統一したサービスを維持・発展させるためには、多くの業務を標準化したうえで、各担当者が方針を理解し、方針やノウハウにしたがって活動する原理原則と、そのよ人材を育成していくことが欠かせません。
往々にして、あまり上手くいっていない企業の多くは、得てしてマニュアル作り自体が目的となっていることも少なくありません。

なかなか上手く行かない要因としては、以下のように

1)目的や誰が利用するか、といった視点を抜きにして、単純に「会社から言われたから。」といった受身の観点で作られた場合には、使われない可能性が強くなると言えるでしょう。

2)教育研修や業務の標準化といった視点が欠落した、マニュアル作りは、同じく実態とかけ離れてしまいやすくなるため、注意が必要でしょう。

今年になってから、急激に工場などの生産拠点を国内に新たに増やす・回帰する、といった傾向が顕著になっています。90年代の半ばには、1ドル80円の時代になりましたことから、国内で生産していては、コスト高で成り立っていかないとまで言われていましたが、当時はコスト削減に躍起になっていた頃を思いますと隔世の感を受けます。果たして本当なのでしょうか?
また、特定の業種業態などに限られているのではないでしょうか?


回答


昨今では製造業の企業で、新規の工場など生産設備の建設を決定もしくは検討している企業がおよそ6割に達し、また既にある工場で国内生産分を増産する企業も多いことが、大きな特徴として挙げられます。

業種は基幹産業の自動車や電機業界に限らず、機械や鉄鋼業など幅広い業界に及び、その狙いと致しましては、以下のものが挙げられます。

1)海外生産分を国内にシフトする
携帯電話や消費者向けのデジタル家電など、高い利益の見込めますものは、モデルチェンジのサイクルが数ヶ月と極めて短いことから、受発注の基幹を極力短くして短期間に対応できる生産体制にしないと、在庫による損失が増えてしまうことから、市場ニーズによる面も大きいものと思います。

2)戦略的な要因
企業にとって、他社との競争優位を保つために社内にノウハウを獲得・蓄積していくためには、人材の流動化の激しい海外よりも国内のほうが、技術やノウハウを蓄積するのに望ましい環境にあると言えるでしょう。
特に自動車メーカーにとっては、加工のしやすいようにボディの鋼板作りが欠かせませんが、後でプレス加工しやすいよう、鉄を生産してから下がる温度を計算して、納入する時間を指定するなど、細かな管理の必要な場合には、国内のほうが望ましい環境にあるものと考えます。

生産拠点が国内に回帰し始めている理由や背景は、具体的には以下のようにいくつかの背景があるものと考えられます。

1)国内生産拠点の位置づけを見直し
90年代の円高の時には、始めにコストダウンありきで海外に移転するケースがほとんどでしたが、それから時間を経て最先端の技術やデジタル家電のように市場の関心の移り変わりの激しい製品は、国内で生産し輸出もするスタンスで、それ以外は海外の工場を主軸とする、といった戦略的な見地によるものが大きくなってきました。

2)国内生産によるコスト低下
90年代と事情が大きく異なり、年俸制度などの人事制度の導入によって、正社員を雇った場合でも、国内での人件費は前ほどは高くないことにも加えまして、派遣やアルバイトといった非正規雇用の増加も、コスト削減として大きく、以前ほどコストが高くない、といったことも大きな要因として挙げられます。

3)長期的なコストの検証
90年代の円高により、海外の工場を移してから概ね10年程度経ちます。実際に損益として分析してみますと、結果を分析してみると、仮に10年居たとしましても、品質の問題や定着率などから、実際にはそのうち3年くらいしか、コスト面で享受していない、といった動向が目立つようになってきました。


また新卒採用が活発なようですが、間もなくやって来る「2007年問題」で50代のベテランが退職してしまうことを機に、国内にいる人材を育成していく、といった狙いも大きな問題としてあるでしょう。ただし正社員を数多く抱え込んでしまいますと不況時や在庫調整の際に固定費が大きく膨れ上がり、身動きが取れなくなってしまうことを懸念してか、より調整のしやすい派遣社員やアルバイトなどで戦力を確保する方針が、景況が良くなっても傾向が強いことが挙げられます。
そのため、2007年問題で補充できる人員は限られながらも、なおかつコストはあまりかけられない、といった難しい経営環境が見えて来るものといえるでしょう。

90年代の半ば頃から、よく報道やコンピュータベンダーなどの講演会などを主体として言われていたことで、現在でもそうなのですが、

「アメリカの企業や国内での先進企業は、積極的にIT(情報技術)を活用したことから、生産性が格段に向上して、業績を大きく伸ばした。それに対して、バブル経済の痛手を受けた金融業界などは、システム投資を行えなくなったことから、企業競争力に差がついてしまった。」

「また、日米の生産性向上の格差は、90年代日本は先進国の中で最も伸びが少なく、国際競争力に少なからず影響したのも、ITの活用に積極的でなかったためだ。」

といったように言われています。当社でも当時は報道や統計などでこうした内容を度々見ましたものから、当時の厳しい予算の中でやりくりをつけながら、トップダウンで情報化を進めてましたが、最近になってからは、「当時喧伝された、ITによる生産性革命には疑問がある」といった論調が出始めてておりますことから、大いに驚いております。
いったいどういうことなのでしょうか?


回答


端的に申しますと、90年代に起こりました生産性の向上は、コンピュータのダウンサイジング(汎用機やオフコンなどのシステムから、クライアントサーバシステムに変わったことなど)に始まり、パソコンやインターネットの普及などといった、IT
関連商品の生産や販売の急増に過ぎず、必ずしも実体経済を反映したわけではない、という見方です。
そのためITによる技術の革新が、必ずしも労働生産性を飛躍的に高めたわけではない、という見方が出始めるようになりましたが、その最大の契機はアメリカの当局が評価をにわかに変えてきており、その大きな要素として、現在におけるアメリカでの労働生産性の伸びの低下による、懸念が挙げられます。

生産性の上昇とITの投資や普及と全く関係がない、というのは、当時を知るものとして大変ショックな面もあるのですが、根拠としましてはアメリカの労働生産性は、特に景気の良かった2000年頃から、2002年にかけて高まりましたが、生産設備の稼働率の指標が雇用に先んじて上がりましたことから、計算上の生産性が大きく跳ね上がりました。

加えて雇用は、アメリカ国内ではなく、中国やインドなどといった人件費の安い国外(特にアジア)が中心でしたことから、ITによる技術革新だったと過信されていた、というのが大きな要因と言えるでしょう。


こうした説が仮に本当だとしますと、当時はなぜ、多くの人たちが錯覚をしたり過大評価をしたりしていったか、その理由につきましては一面ではIT化によって、コンピュータのコストを大幅に引き下げたり、インターネットなどを中心にして、通信コストが大幅に低下しましたことから、一定の生産性の向上があったのは確かです。
その一方で昭和30年代の日本の高度成長の時代にありましたように、ある商品やサービスが本格的に市場に普及する際に、高い設備投資と商品の生産・それに加えて販売が飛躍的に増えて、また生産していく、といったサイクルが働き、生産性が上昇する仕組みが、技術革新やエネルギー革命の時に働きやすい傾向があります。

他にもこうしたサイクルは、19世紀の産業革命の時などと含めて、ありましたことから、IT技術の普及は、大きなステップの1つになったものと言えるでしょう。


日本では特に欧米と比較して、ITを活用した生産性向上の度合いが低い、といわれてきました。特に日本では、パッケージソフトよりもオーダーメイドのシステム開発が好まれるために、投資額が膨れ上がる割には効果が薄かったり、業務をあるべき形に最適化してからシステム化するのではなく、個人や部門のやり方をそのままにシステム化していったことから、効果が薄いと言われてきました。こうしたことも当てはまる面もあるでしょう。

アメリカの90年代の景気回復は、ITによる技術革新による生産性の大幅な向上が要因として挙げられましたが、要因の1つといったほうが良いのかもしれません。
当時の生産性向上の日米比較についてですが、海外のほうがパッケージソフトによる導入が多く、国内では昨今ではパッケージによるカスタマイズが増えてきましたが、往時は未だオーダーメイドによる情報システムの多いことから、投資額に比して効果が低い、期待値ほどではない、という見方も成り立っていたように思います。

他に効果の差異については、企業における労働力の構成要員によるところも大きいと思います。海外では直ぐに人員削減などを行い、業績が比較的速やかに回復する傾向がありますが、当時の日本では若年層の採用を絞り込み、中高年の社員はそのまま社内に残して自然減を促す要素が強かったことから、こうした労働構成なども、個人や部門のやり方をそのままシステム化していく、といったものと関係していたものと考えられます。

現在では、メディアも普及してテレビや新聞・雑誌などからいつも情報が氾濫していますし、またインターネットでも最新のニュース以外にも、知りたいキーワードについては、全文検索の検索エンジンで、大体のことは何でも知りうることのできるような環境になっていると思います。
ところが昨今では、こうした情報化の進んだ時代にもかかわらず、科学的に何ら必然性のないような形で、例えば健康食品でがんが治る、といった以外にも、インターネットやメディアの時代になってから、逆に、催眠商法やパーティー商法などによって高額な品物を買わされた、といった被害が増えているように思います。なぜなのでしょうか?


回答


もともとからビジネスや恋愛などで、相手への駆け引きや時としては方便をつく、というのはいつの世でもあることなのですが、近年、特にこの1-2年にかけては、一見しますと荒唐無稽で全然ロジカルでないな話までもが、まことしやかに信じられるような時代になってきました。

80年代までの、例えば架空の投資話や特効薬といったものは、当時もあるにはあったのですが、今ほど被害は出ていないように思います。インターネットなどの影響で、情報の量が氾濫しているのと関係しているように思います。

例えば健康食品で末期がんが治る、といった患者さんの切羽詰った心境を利用して、高額の治療費をだまし取ったり、本を出版した出版社が家宅捜査を受けたりしましたが、実際に被害者の多くは新聞・雑誌の広告よりも、インターネットの検索エンジンなどで上位に表示された結果や、インターネット広告などによって影響されたケースが圧倒的に多いのも、昨今の特徴といえるでしょう。

インターネットの情報は、一面では個人やクチコミに近いような感じで、有益な情報が入ってくることが多いことから、受ける側にとっても警戒心が薄く、割と容易に信じ込んでしまう傾向があることが否めませんことから、怪しくても魅力のある情報には信じてしまうことが多いものと思われます。

加えて、インターネット通販サイトの普及により、例えばホームページ上でどのように商品・サービスを告知していけば、売れるか、といった研究が進み、例えば「ユーザー・体験者などのナマの声」といった内容を載せると、非常に大きな影響があることから、内容の如何を問わずに、こうした手法などに振り回されるようになった面も少なくはないでしょう。

人間の特性として、
「周りが皆こういったから。」
「組織としての総意から、本来の考えとは違うものの、自分のところで稟議を止めるわけには行かなかった。」というように、個人では冷静な判断が出来ても、集団になったり組織になると判断がおかしくなってくるのは、心理学で何か言われているように思います。

もともと人間の持つ心理的なメカニズムとして、ごくわずかな事例から、たくさんの結論を得ようとする傾向があると言われています。と言いますのも、大量のデータを比較・検討していくことが大変ですので、それよりも、断片的なことを聞いて、全てを知った、と思い込んだ方がラクなことから、こうした行動を取ると言われています。

そのため前述致しました、がんが治った事例でも、ほんの数例でも治った事例を示されると、効果を信じてしまうことになってしまいます。しかし治ったという言葉だけを聞いても、それは手術をして治ったのか、抗がん剤で治ったか、といった経緯や証明といったものがありませんことから、直接の因果関係は無いですので、本来でしたら冷静に考え直すべきものでしょう。

ところが追い詰められて、藁をもつかむような心境ですと、こうした断片的な情報を拾って判断したほうがラクだ、といった心境となってしまいますので、注意が必要でしょう。


認知心理学の影響は、よく群集心理とか色々といわれているようなのですが、具体的には以下のような傾向が挙げられます。簡単に申しますと、情報源に対する自分の好悪の感情が、信憑性や評価に大きく左右される傾向です。

○「あの人の言うことなら」:信用するパターン
×「どうせあいつが言うことだから」:何を言っても信用されないパターン

こうした受け手の側による、情報の感度や受け方に対するバイアスが、大きく影響していくのが、具体的な現象です。
こうした現象は個人の場合よりも、組織や集団の中でのほうが、より顕著に働く傾向があると言えるでしょう。

例えば、「3つの線の中でどれが一番長いですか?」と決まれて、他の"さくら"が違うものを一斉に答えると、間違いと分かっていても多くの場合は同様の回答をしてしまう、といったことが挙げられます。
こうしたように、集団で判断を求めると、周りの目を意識したり仲間はずれになりたくない心境が影響して、判断が似てくる傾向が大きいと言えるでしょう。

またかつてのナチスの用いた大衆の煽動方法ですが、人間は小さな判断ですと価値基準が分かっていますことから、慎重に判断しますが、今まで経験していないような大きな判断になっていきますと、途端に著しく大胆となってしまいますが、これを集団による意思決定と結びつけて、よりリスキーな選択を陶酔のうちに行う現象なども、こうした傾向として挙げられます。

最近では商品が売れるために、こうした認知心理学の傾向や動向などを入れるようにしている面もあるようです。具体的には主婦や老人などを何時間も閉じ込めた環境において、無料でパンや鍋を配りながら、最終的には何十万円もする布団や浄水器を買わせるなどの、違法性の高い催眠商法に限らず、こうした心理学を突いた商活動は日常的に行われております。

例えば、車の値引き交渉などの際に、

<店>
「モデルチェンジも近いですので、カーナビとサンルーフ付の車を特別に10万円引いて、今なら160万円にします。」
○客
「それなら決めますよ。」
<店>
「それでは今、在庫の有無を会社に電話で確認してきます。」

その後、
「お客様。申し訳ありませんが、サンルーフは在庫の関係からオプションとなってしまいますので、あと10万円かかってしまいます。また色の関係からオプションでプラス3万円ほどかかってしまいますが・・・」

「いいよ。それくらいなら買いますよ。」

といった交渉は日常茶飯事ですが、こうした顧客の行動を決めさせるために、特定の方向に誘導させるような取り組みやコミュニケーションが、インターネット時代になってから、より顕著になってきた面は否定できないでしょう。
他にも、誰もが受け入れるような小さな選択肢や要求を出しておいて、1度は受け入れさせて、次に目的の大きな要求を出すなど、心理的な手法に訴えかけて決めさせる、といった方法も、目立つようになってきました。

また最近の社会現象と致しまして、インターネットなどの影響も関係しているでしょうか、「AかB」「イエスかノーか」といったように、思考回路や行動様式が単純化・デジタル化してきている面も否定できません。
一面では、インターネットやメディアの中で、常に氾濫する情報を、素早く判断するには、こうして単純に仕分けていかないと判断できない、といった事情もあるでしょうし、また無意識のうちにそうした行動を取っている面もあるでしょう。

少なくとも、こうしたインターネットやメディアを多様に駆使した社会では、人間の心理の微妙な綾を突いた、意思決定やビジネスが、より意外な角度からやって来ることは、自覚していくと望ましいでしょう。

従業員150名ほどの製造業の会社で、部長をしております。
1-2年ほど前に、主要取引先から部品代などのコスト削減のあおりを受け、20%に及ぶ単価引き下げ要求を呑まされてから会社側より、全社員の給与を20%カットするか、社員を2割削減するか言われました。

最終的には昨今の景気回復の影響により、新規の取引先や販路が増えたおかげで、一時的に10%の給与カットと1割の社員の一時帰宅で済んだのですが、現在でも困っておりますのは、その折に創業者の2代目の専務が、危機の際に代表権を持ち、社内改革にいそしんだのですが、業務フローを全面的に見直した上で、生産管理システムの再構築を図ったことが、現場業務の混乱を招いてしまい、その収拾も付かないままに自ら一線を引いてしまって、再び高齢の創業者が経営をしている状況です。

現在は創業者自身の幅広い人脈によって、取引先を維持拡大して持っている状況ですが、もう高齢ですし、後の続く社内幹部も居ない、といった状況ですので、最終的な内部の整備が待ったなしで求められていますが、どうしたら良いのでしょうか?


回答


個人や家業の問題としましては、高齢の創業者のやりがいや働き場所という面では望ましいかもしれませんが、全体的に考えますと、集団指導体制に移行できるよう、指示待ちの多い内部の育成を図っていきながら、組織としての体制を整備していくことが望ましいでしょう。

また現場が混乱してしまった、とされる生産管理システムに関しましては、こうした経緯もありますと、ほとんどが機能していないものと思われますが、現場の中から使える昨日から段階的にステップアップしていくよう、部分改修をしながら力を蓄えていくことが肝要と考えます。


現場が、新規の生産システムの移行によって大混乱した、といった経緯については、人員削減の際に、コスト削減から管理部門を中心に解雇致しましたところ、人員を減らしても仕事のやり方は今まで通り、ということでしたら現場の戦力ダウンが避けられないということと、一時的なリストラ効果で縮小均衡となってしまうおそれから、情報システムを有効活用して、競争力を築いていくことが望ましいと判断するようになりました。

当時の専務は大手企業で海外勤務が長かったことから、自社の経営課題をあるべき姿を分析し、重複業務やムダな業務を1つ1つ洗い出して、業務フロー図を作りながら、コスト削減と生産性の向上に取り組みました。

結局は生産管理システムに合わせた形での、業務分析と改革案は出来たのですが、現場の部課長などの幹部は反応が鈍く、自分たちのやり方に固執しており、実際にほとんどすり合わせのないまま、見切り発車として新規システムに移行し、社内が大混乱となりました。

その結果、専務は自ら責任を取って相談役に退き、再び高齢の創業者が経営を行っていますが、生産管理システムは、古いままのシステムをそのまま動かしており、先々を考えるとそのままではいけない、という危機感は誰もが持っていますが、失敗や経緯もありましたことから、社内でタブーになっている面も否定できません。

一面では「これが理想の業務フローだ!」と押し付けても、うまく行く場合も中にはあると思います。しかし中小企業の場合ですと、業務が標準化されておらず、各個人のスキルや技に大きく依存していることから、必ずしも押し付けることが良い結果を生まない面も否定できません。

最新のビジネスモデルや、同業他社などで生産方法や仕組みなどを視察して、「これは素晴らしい。早速持ち帰って当社でも行おう。」と思っても、実際に出来るようになる企業は多くても1ー2割程度であり、ほとんどが実際に実行に移してもあまりうまく行かなかったり、中には途中であきらめるなどする企業がほとんど、というのが実情といえるでしょう。

実際にうまく行った企業でも、早くても数ヶ月・遅ければ1-2年ほどかけてようやく定着するような次第ですので、実際に他社や他のビジネスモデルなどを取り入れていくためには、内部の社員にとって、自分のやり方を急には変えられないことを前提に置きながら、企業風土や文化を徐々に変えていく、といったことを織り込んで行動していく必要があるでしょう。

こうした場合ポイントとなるのは、今後の会社の将来を背負っていく、中堅幹部たちを、今までのような指示待ちや受身にしていくのではなく、ある程度主体的に判断して動けるように、幹部研修を行ったり、実際に経営課題を与えてから、解決策などを自らに策定させ、解決の実践を図るといった色々な仕組みを設けることも、欠かせないことでしょう。
「始めに情報システムありき」といった考え方ですと、実際の業務から大きく乖離してしまう必要がありますことから、注意が必要です。