デジタル時代の思考回路のわな

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現在では、メディアも普及してテレビや新聞・雑誌などからいつも情報が氾濫していますし、またインターネットでも最新のニュース以外にも、知りたいキーワードについては、全文検索の検索エンジンで、大体のことは何でも知りうることのできるような環境になっていると思います。
ところが昨今では、こうした情報化の進んだ時代にもかかわらず、科学的に何ら必然性のないような形で、例えば健康食品でがんが治る、といった以外にも、インターネットやメディアの時代になってから、逆に、催眠商法やパーティー商法などによって高額な品物を買わされた、といった被害が増えているように思います。なぜなのでしょうか?


回答


もともとからビジネスや恋愛などで、相手への駆け引きや時としては方便をつく、というのはいつの世でもあることなのですが、近年、特にこの1-2年にかけては、一見しますと荒唐無稽で全然ロジカルでないな話までもが、まことしやかに信じられるような時代になってきました。

80年代までの、例えば架空の投資話や特効薬といったものは、当時もあるにはあったのですが、今ほど被害は出ていないように思います。インターネットなどの影響で、情報の量が氾濫しているのと関係しているように思います。

例えば健康食品で末期がんが治る、といった患者さんの切羽詰った心境を利用して、高額の治療費をだまし取ったり、本を出版した出版社が家宅捜査を受けたりしましたが、実際に被害者の多くは新聞・雑誌の広告よりも、インターネットの検索エンジンなどで上位に表示された結果や、インターネット広告などによって影響されたケースが圧倒的に多いのも、昨今の特徴といえるでしょう。

インターネットの情報は、一面では個人やクチコミに近いような感じで、有益な情報が入ってくることが多いことから、受ける側にとっても警戒心が薄く、割と容易に信じ込んでしまう傾向があることが否めませんことから、怪しくても魅力のある情報には信じてしまうことが多いものと思われます。

加えて、インターネット通販サイトの普及により、例えばホームページ上でどのように商品・サービスを告知していけば、売れるか、といった研究が進み、例えば「ユーザー・体験者などのナマの声」といった内容を載せると、非常に大きな影響があることから、内容の如何を問わずに、こうした手法などに振り回されるようになった面も少なくはないでしょう。

人間の特性として、
「周りが皆こういったから。」
「組織としての総意から、本来の考えとは違うものの、自分のところで稟議を止めるわけには行かなかった。」というように、個人では冷静な判断が出来ても、集団になったり組織になると判断がおかしくなってくるのは、心理学で何か言われているように思います。

もともと人間の持つ心理的なメカニズムとして、ごくわずかな事例から、たくさんの結論を得ようとする傾向があると言われています。と言いますのも、大量のデータを比較・検討していくことが大変ですので、それよりも、断片的なことを聞いて、全てを知った、と思い込んだ方がラクなことから、こうした行動を取ると言われています。

そのため前述致しました、がんが治った事例でも、ほんの数例でも治った事例を示されると、効果を信じてしまうことになってしまいます。しかし治ったという言葉だけを聞いても、それは手術をして治ったのか、抗がん剤で治ったか、といった経緯や証明といったものがありませんことから、直接の因果関係は無いですので、本来でしたら冷静に考え直すべきものでしょう。

ところが追い詰められて、藁をもつかむような心境ですと、こうした断片的な情報を拾って判断したほうがラクだ、といった心境となってしまいますので、注意が必要でしょう。


認知心理学の影響は、よく群集心理とか色々といわれているようなのですが、具体的には以下のような傾向が挙げられます。簡単に申しますと、情報源に対する自分の好悪の感情が、信憑性や評価に大きく左右される傾向です。

○「あの人の言うことなら」:信用するパターン
×「どうせあいつが言うことだから」:何を言っても信用されないパターン

こうした受け手の側による、情報の感度や受け方に対するバイアスが、大きく影響していくのが、具体的な現象です。
こうした現象は個人の場合よりも、組織や集団の中でのほうが、より顕著に働く傾向があると言えるでしょう。

例えば、「3つの線の中でどれが一番長いですか?」と決まれて、他の"さくら"が違うものを一斉に答えると、間違いと分かっていても多くの場合は同様の回答をしてしまう、といったことが挙げられます。
こうしたように、集団で判断を求めると、周りの目を意識したり仲間はずれになりたくない心境が影響して、判断が似てくる傾向が大きいと言えるでしょう。

またかつてのナチスの用いた大衆の煽動方法ですが、人間は小さな判断ですと価値基準が分かっていますことから、慎重に判断しますが、今まで経験していないような大きな判断になっていきますと、途端に著しく大胆となってしまいますが、これを集団による意思決定と結びつけて、よりリスキーな選択を陶酔のうちに行う現象なども、こうした傾向として挙げられます。

最近では商品が売れるために、こうした認知心理学の傾向や動向などを入れるようにしている面もあるようです。具体的には主婦や老人などを何時間も閉じ込めた環境において、無料でパンや鍋を配りながら、最終的には何十万円もする布団や浄水器を買わせるなどの、違法性の高い催眠商法に限らず、こうした心理学を突いた商活動は日常的に行われております。

例えば、車の値引き交渉などの際に、

<店>
「モデルチェンジも近いですので、カーナビとサンルーフ付の車を特別に10万円引いて、今なら160万円にします。」
○客
「それなら決めますよ。」
<店>
「それでは今、在庫の有無を会社に電話で確認してきます。」

その後、
「お客様。申し訳ありませんが、サンルーフは在庫の関係からオプションとなってしまいますので、あと10万円かかってしまいます。また色の関係からオプションでプラス3万円ほどかかってしまいますが・・・」

「いいよ。それくらいなら買いますよ。」

といった交渉は日常茶飯事ですが、こうした顧客の行動を決めさせるために、特定の方向に誘導させるような取り組みやコミュニケーションが、インターネット時代になってから、より顕著になってきた面は否定できないでしょう。
他にも、誰もが受け入れるような小さな選択肢や要求を出しておいて、1度は受け入れさせて、次に目的の大きな要求を出すなど、心理的な手法に訴えかけて決めさせる、といった方法も、目立つようになってきました。

また最近の社会現象と致しまして、インターネットなどの影響も関係しているでしょうか、「AかB」「イエスかノーか」といったように、思考回路や行動様式が単純化・デジタル化してきている面も否定できません。
一面では、インターネットやメディアの中で、常に氾濫する情報を、素早く判断するには、こうして単純に仕分けていかないと判断できない、といった事情もあるでしょうし、また無意識のうちにそうした行動を取っている面もあるでしょう。

少なくとも、こうしたインターネットやメディアを多様に駆使した社会では、人間の心理の微妙な綾を突いた、意思決定やビジネスが、より意外な角度からやって来ることは、自覚していくと望ましいでしょう。

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このページは、Takayoshi.Ishikawaが2011年4月29日 16:10に書いたブログ記事です。

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